そえだ勝ブログ

2014年7月アーカイブ

先日、市長のこれまた肝いり政策、区民との対話集会である、区民車座集会が行われました。これは市長が「自らの考えを直接市民に語り掛けたいという思いのほか、市民の声を自分の耳でじかに聞きたいという強い気持ち」があり行われているものです。


140729_00.jpg


私にとって、市長は同志というだけでなく、もともとは宮前区の兄貴分(元宮前選出県議)的存在でありますゆえ、今回、福田さんにとっては一地方議員ではなく、市長としての凱旋といったところでしょうか。さて、当日はオブザーバー(意見は言えず見てるだけ)参加でしたが、市長と区民との対話を見てきました。

会場は見学者を入れれば100人近くはいる満員であり、やりとりもざっくばらんに意見交換がなされたいい雰囲気の会でした。

前市長の時代と比べると、市長と区民との距離が非常に近くなった感じがしました。その意味で、私は宮前区ではたった一人でしたが、「官僚市長」ではなく、「市民市長」を応援して本当に良かったと思わされたひと時となりました。

当日は、医療、福祉、教育、街づくり等、多岐にわたる意見が飛び交いましたゆえ、市長とともに、それら宮前区民の皆さんのお気持ちに添えるよう、タッグで努力していきたいと思います。
先日、今月から白幡台でスタートした、学童保育ひだまりを見学してきました。

140728_00.jpg

140728_01.jpg

140728_02.jpg

犬蔵小、白幡台小、向丘小の子どもたちの放課後の新しい学び舎です。家庭的雰囲気がよく出ている、手作りの学童保育です。

140728_03.jpg

140728_04.jpg

140728_05.jpg

地元の方が手作りでロッカーをくださったそうです。

働くお母さんから、小学校入学前は保育園に預けることができていたが、入学後は預け場所がないため、仕事を辞めざるを得なくなったという声も少なからず聞きます。

そうした事情もあってか、国の方針でも、学童保育拡大への動きが始まりそうです。


学童保育を応援ができるよう、私も微力ながら注力していきたいと思います。
先日、地元宮前区の富士見台小学校で、同志福田市長が力を入れる、地域の方々の知力を活用した子供への授業である、地域寺子屋事業に行ってきました。


140726_01.jpg


私は富士見台小学校のPTAの一人として、そのお手伝いをしてきました。当日はほかの親御さんと一緒に、子供の指導に思いっきりかかわってきました。


140726_02.jpg


3-5年生が中心に参加していて、掛け算九九の早読みトレーニングでした。校長先生曰く、今の子は応用問題には強いが、肝心の基礎力が足りない。だから、九九を完全にいえることは、今後、学力が伸びていくかどうかという点でものすごく大切なこと」とのこと。


140726_03.jpg


秋田県は子供の学力が高いことで有名ですが、その中身は九九をはじめとした基礎的勉強の反復練習を徹底的に行っているという背景があります。

その意味で、校長先生の言葉は非常に示唆に富んでおり、さらに、富士見台小学校の取り組みは、これからの子どもの学力向上に向けて、他の市立小学校の大きな参考になると感じました。

また、学校の先生は多大な業務に追われて余裕がない中、保護者と地域の指導者(「風の泉」さん=学校の先生がスクール形式授業を教えるプロならば、この団体の方は子供を自由なスタイルで学ばせるプロです)とが協力し、子どもたちに学ぶ機会を与えるのが地域寺子屋事業です。


140726_04.jpg


今回、私は保護者として参加してみて、子供に勉強を教えるという学校の先生の苦労を身をもって感じたと同時に、風の泉さんから子どもへの指導のコツも学べました。最後は、皆で校長室で反省会をしましたが、皆さん、記述のような感想の他、私もそうでしたが「自分自身が充実して楽しかった」という意見が全員から出ました。

寺子屋事業は、子供の学びだけでなく、地域の方々の生きがい創出にもつなげるという目的もありますから、その意味では非常に素晴らしい事業と感じました。引き続き、福田市長とともに後押ししていくだけでなく、親父としても応援していきたいと思います。
下記の日経の記事にあるように、老老介護世帯が、介護世帯の51.2%になり、初めて半数を超えました。


140724.jpg


この事実は重く受け止められねばならないことが確かであり、我々はその方々を皆、施設に入所させればすむ話では全くないことも考えなくてはなりません。

財政難の中、施設を無尽蔵に設置していくことは不可能であるため、やはり、在宅介護がますます重要になってきます。しかも、老老介護も不可避であるため、極力、介護期間を短くする、ピンピンコロリが肝要です。私の言う、逆・介護保険はまさに、ピンピンコロリを目指すための手段ですから、逆・介護保険を今後、どんどん、広めていかねばという思いになりました。

なお、ピンピンコロリというのは、いきなり、人間はコロリと逝くわけではなく、どんな人でも必ず、晩年には寝たきりにはなります。しかし、その期間をいかに短くできるかが重要で、ピンピンコロリの実質的イメージは、その期間を1年にするというものです。それが専門家のいう、ピンピンコロリです。

そのためには、逆・介護保険のように、高齢者の様態改善にインセンティブを付与することを通じ、事業者が高齢者の要介護度改善へと動くよう、動機づけが機能することが大切です。要介護になっている方には自立支援を、要介護になっていない方には介護予防をそれぞれ行っていくことで、高齢者を元気にする施策、それが逆・介護保険です。

実は私の逆・介護保険ですが、ある専門家の方と話したところ、「寝たきりの平均年数は7年といわれるが、逆・介護保険を徹底すれば、それが1年に短縮できる可能性がある」と言われました。

逆・介護保険は今後、在宅介護がいよいよ主流にならざるを得ない時代だからこそ、私は改めて徹底してそれを機能させていかねばという思いを強くした次第です。
一昨日、私の街頭演説が1,000日目を迎えました。これもひとえに、宮前区の皆さんのご理解の賜物です。約4年間、続けさせて頂いたこと、改めて皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

さて、その感慨深い朝は、福田市長を支える高津区の同志、小川あきのぶ市議と溝の口南口で街頭演説を行いました。小川市議は私よりも先に1,000日目を達成しているようですが、今回はわざわざ、私のために駆けつけてくれました。

当日は菅生や平、神木地域の方々を中心に「よく頑張ったな」「続けたことは報われるぞ」「松下の頃からやってるもんな」「市長とずっと頑張ってきたよな」「お前は名前の連呼じゃなくて、ちゃんと話してたもんな」などなど、激励のお言葉を有権者の皆さんから頂きました。本当にありがたく思います。


140710_01.jpg


「松下の頃」という激励になるように、松下政経塾時代から続けるこの活動ですが、これを始めたきっかけは、松下幸之助の教えに端を発します。これは私が伝え聞いた話ですが、かつての塾生(野田前首相が塾生だった頃らしい)が「市民に対して自分の考えを伝えるための方法はないか」と松下に尋ねたところ、松下は「辻辻に(つじつじに=十字路ごとに)立って率直に話すことやな」と言ったそうです。

私もその逸話を聞いて、「よし、僕も介護についての自分の考えを話そう」と心に決め、4年前から平日はほぼ毎日、駅をはじめ、人の集まる場所で街頭演説を続けてきた経緯があります。


140710_02.jpg


とはいえ、私は今までブログなどで、街頭演説についての記載はほとんどしてきませんでした。それには理由があります。

街頭演説は「有権者に自らの考えをお伝えする場であり、有権者のお考えも伺える重要な場」ではあります。一方、見方を変えると、皆さんが朝のラッシュの中、街頭演説は「迷惑行為」ととられかねないものともいえます。私は後者の事実を考えると、「いつも頑張ってます」的にブログなどでアピールするのは、「人の気持ちを考えない、完全な自己満足の世界」だと思ってしまうため、特に記載はしてきませんでした。

今回は「1,000日目」ということで、後援会の方から「節目だから、宮前区の皆さんに感謝の気持ちをちゃんと言え」と助言されました。はじめは上記のような思いもあり乗り気ではなかったのですが、「感謝の意を表す」という意味では確かに書くべきと考え、投稿しました。

最後に、松下幸之助もかつて言ったように、上記の前者的な意味合いは極めて重要だと思います。よって、これからも街頭演説は継続いたします。ただ、後者のような方にも配慮を忘れず、謙虚な気持ちで続けさせて頂くつもりです。また、これからも今回同様、節目ごとに皆さんへ感謝の気持ちはお伝えさせて頂く所存でおります。
先日、このブログでご紹介した「社会に触れる、学生勉強会」について、第1回目は「政治家」をテーマに、講師は不肖(ふしょう=愚か者)私、添田がやりました。

2回目は「記者職を知る」をテーマに、講師に政経塾時代の同期、千葉君に先生をお願いしました。


140709_01.jpg


同じ釜の飯を食った同期を先生と呼ぶのは、いささか、照れ臭いですが、当日は学生たちからすれば、社会人の大先輩であり、講師の先生ですから、まぎれもなく、千葉先生です(笑)。

当日は、千葉君が記者時代の失敗談や成功談まで、包み隠さず、ざっくばらんに学生たちへ話してくれる一方で、学生たちの質疑応答も活発で意義ある会となりました。
先日、宮前区・高津区に住む、福島にゆかりのある方々のグループ、仮称「福島復興を応援する会」が設立されました。


140706_01.jpg


実はこの会ができた背景には、福島県人会が「宮前・高津にはなかった」という事情があったようです。私も立ち上げのお手伝いをさせて頂き、皆さんとともに、「同郷話」に華を咲かせました。

第1回目の立ち上げ会でしたので、人数は10名くらいではありましたが、「福島の輪を地元に広げていこう」、「次はそれぞれの福島の知り合いを呼んでこよう」「みんなで福島旅行に行き、お金を落としてこよう」などなど、地元の皆さんから自発的に福島を盛り上げる言葉が多く出たことは、本当にうれしくなりました。私も自分の福島復興支援活動とこの会を連動させ、より福島復興の動きを加速していこうと、気持ちを新たにできました。
先日は、菅生地域(区の西側)の同世代のパパママと、先輩のパパママとのワークショップ(グループワークのおしゃべり会)にお邪魔してきました。ちなみに平日のため、現役パパは私のみでしたが(笑)。。。


140704_01.jpg


この会は、現役ママの方が「40-50代の自分を考えるため、先輩からそのヒントを得たい」とのコンセプトから企画されたものです。一方、先輩パパママにあたる、「おしゃべりサロン」という退職世代の方の集まりがあり、その方々が「現役パパママを受けて立つ!?」という形で行われました。


140704_02.jpg


当日は、我々人生の後輩パパママたちがざっくばらんに疑問をぶつけ、先輩パパママたちが自分の若かりしころを思い出しながら、優しく教えてくれました。

現役パパママ世代にとって、自分たちが理想としていた40-50代は「子育てが終わり、旅行を楽しむ」「好きな車に乗る」「好きな仕事を始める」などの今はできないがやってみたいことの意見が多くありました。

先輩パパママいわく、「子供の受験などが待ってるから、気を抜けないよ」「お金が大変よ」など、現役には現実を思い知らされた時間ともなりました。でも、先輩が皆さん共通しておっしゃっていたのは、「大変だったけど、一番充実したときだった」でした。

我々現役は、辛い時期がまだまだ続くけど、そこに希望もあると感じられた時間になったと思います。また、パパママ友同士でその辛さを分かち合い、ともに乗り越えていくことの大切さをも学んだ時間となったようにも思います。
この会は、イエローハットの創業者 鍵山秀三郎氏が提唱されスタートした、「トイレ磨きは心磨き」をモットーに、公共のトイレをはじめ、公園や駅前等、公共の場所をきれいにしていく会です。同会は30年以上の歴史を有します。また、全国の荒れた学校を訪問し、問題とされる生徒と一緒に掃除することで、多くの生徒を更生させて学校を立て直すきっかけになった実績が多数あります。今は国内だけでなく、アメリカ、ブラジル、台湾、ルーマニア等、世界をまたにかけ活動しています。

140701_01.jpg


私は中田宏さんの秘書をしていた頃にこの団体を知り、当時は無心になって素手でトイレ掃除を行っていたものでした。その後、介護ヘルパー時代は「神奈川掃除に学ぶ会」の世話人として運営のお手伝いをするようになり、松下政経塾時代は自分でこの掃除研修を企画し他の政経塾生たちを指導したものでした。

140701_02.jpg

さて、この度、長女が1年生として通う富士見台小学校で、掃除に学ぶ会が秋頃に行われることが決まり、私は一(いち)参加者でもなく、一お手伝いでもなく、一指導者でもなく、今度は初めて一保護者として参加することになりました。

私が22-3歳頃に出会った素晴らしい活動が、15年くらいの時を経て、今度は我が子に続いていくかと思うと、とても感慨深い思いになりました。なお、この他にも、稲田中学校と東橘中学校で行われますので、そのご案内もまたさせて頂きます。

このアーカイブについて

このページには、2014年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2014年6月です。

次のアーカイブは2014年8月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。