そえだ勝ブログ

2011年7月アーカイブ

 本日、京都市長の門川さんの講演会を聞きに京都にいます。  以前に、京都で新聞記者をしていた政経塾時代の同期から話を聞いたことがあり、前々から関心がありました。  門川さんは学校運営に地​域をどんどん関与させるコミュニティ教育を進めた方。 110726.jpg  それを押し進めるのに、役立ったのが抵抗勢力だったという話は驚きました。  もちろん、協力されたわけでなく、散々、抵抗されたからこそ、その分、政策をより洗練できたという解説をされました。  敵をも、そう​解釈するその姿に、リーダーとしての懐の深さを感じさせられたひ​とときとなりました。  この考え方を活かし、頑張らねばと思いを新たにできました。
 今日は、ガイガーカウンターを持参し、「計画的避難区域」、いわば、「入れないわけではないが、計画的に避難すべき地域」を中心とした、放射線量の調査を行いました。  第一原発から20k圏内の「警戒区域」、いわゆる「入れない地域」を除けば、福島県内で群を抜いて、放射線量が高いとされる、飯舘村を中心に測定しました。  まず、飯舘に入る前に測定したのは、みどりの郷がある二本松市、こちらは1μSv/h(毎時マイクロシーベルト)未満という結果でした。 110717a.jpg  とはいえ、0.1μSv/h前後の川崎や他の首都圏と比べれば、比較にならないほどの数値です。  そして、次は川俣町という、二本松と飯舘の間にある町の結果です。 110717b.jpg  この数値は飯舘村との境にある場所ですが、3μSv/hを超えています。  飯舘に入る前に、これだけの数値が出ますと、いくら福島出身者とはいえ、正直、動揺してしまう自分がおります。  そして、飯舘入り。全村避難を余儀なくされたため、あたりに人影はなく、ただ、むなしくガイガーカウンターの高い数値を超えると鳴る、電子音だけが響いていました。 110717c.jpg  4.8μSv/h超という、極めて深刻な値。これでは当然、子供はもちろん、大人も含め、全ての人が住めない状況と言わざるを得ません。  いわずもがな、早急なる東電と政府の対応が求められます。  とりわけ、迅速な東電の補償が必要ですが、彼らはその気はほとんどないに等しいでしょう。もちろん、原発の最前線の現場で頑張っている人は別にして、幹部たちはいかに、補償額を減らすかに没頭しています。  やはり、一企業はそんな補償をしたくないのが本音であるし、その補償額を巡って、住民と百戦錬磨の東電交渉役とで対立しても、情報がふんだんにある東電が優位に決まっています。  そこで、賠償スキームについては、政府が一旦、住民を保証し、その後に政府が東電に賠償額を請求するというものを、私は推進します。  これは、自民党の河野太郎さんが言っていたものですが、私はそんな時こそ、党派を超えて、一致団結して、原発対応にあたるべきと思います。  ちなみに、南相馬の方の話によれば、今まで、こうした放射性濃度が高い地域に足を踏み入れた政治家はほぼ、皆無に近いそうです。  私は政治家こそ、危機迫る最前線の現場に駆けつけ、その状況を体感し、あるべき政策を実現すべきと、つくづく思いました。  国会のごたごたを見ると、本当に彼らには何も頼れないと実感します。  「そんな暇があるならば、放射性濃度の高い現場で実際に作業して額に汗し、考えろ」と、全ての国会議員に言いたくなります。  そうすれば、時間的に「そんなことをしている暇がない」ことに、彼らも気づくはず。  と言っても、なかなか、そんな腰の軽い議員はいませんので、引き続き、自分は自分で故郷福島と川崎との懸け橋になるべく、努めていきます。
今日は、昨日のブログでご案内したように、私が介護士時代にお世話になった、湖山医療福祉グループの福島県二本松市にある施設、特別養護老人ホーム「みどりの郷」にて、活動させて頂きました。
110716a.jpg ホームの前にて
 学生たちに課したのは、主に、昨日の南相馬での経験を活かした、要介護避難者の方を中心としたご高齢者への話し相手ボランティアです。  全員が平成生まれの彼らにとっては、80歳代以上の方が多いこの施設の場合、自分達の祖父母よりも年上の方との交流ということになります。ちょうど、私の世代の祖父母くらいの方々です。  というわけで、はじめは彼らも戸惑っていたものの、ご高齢者の優しさと、職員の方の親身な指導により、大いに楽しみながら、ボランティアを行えたようでした。  とりわけ、私のかつての大・大・大先輩に当たります、稲本施設長と斎藤事務長には、私ともども、昔のように大変、お世話になりました。  (ただ、今でもお会いすると緊張しますが・・・(汗)&(笑))
110716b.jpg 縫物が得意な方から、そのやり方を教わっているところ。
 当初の予定は、学生が話し相手ボランティアに来て、ご高齢者を元気づけるということでしたが、逆に、彼らの感想によれば、彼ら自身が多くの学びを得た機会となりました。  とはいえ、ご高齢者にとっても、孫よりも若い学生との交流は、よい刺激になられたご様子で、お互いにとって、非常に意義あるひとときとなった気がします。  しかし、それも昔と変わらず、温かく私たちを受け入れてくださった、湖山医療福祉グループの方々のおかげですので、この場を借りて、改めて感謝いたしたいと思います。  本当に有難うございました!

11/07/16 本日は南相馬です

 学生さんとともに、南相馬にいます。  昨日の深夜から南相馬に向けて、学生さんと出発しました。(写真1)  若い人たちの力を借りて、またまた、土砂さらいに精を出しました。(写真2) 110715d.jpg 110715c.jpg なお、今回は、被災者の方々の遺品整理にも、炎天下の中、お手伝いさせて頂きました。(写真3)    アルバムをはじめ、思い出の品々が多く見つかり、その泥落としをしました。  少しでも、被災者の方々の手に戻せるよう、学生たちも私に負けないくらい、埃まみれになりながら、一生懸命、頑張ってくれました。    福島出身者として、本当に嬉しく、また、若者達から、私自信もパワーをもらいました。    なお、明日は、私が介護士時代にお世話になった、湖山医療福祉グループの老人施設である、二本松のみどりの郷にて、学生ともどもお世話になります。  南相馬からの要介護避難者の話し相手ボランティアを、学生達が頑張ります。  乞うご期待くださいませ。
 川崎には、大きな市場が二つあります。南部の尻手に一つと、そして、地元・宮前には、北部市場があります。  さて、何故に行ったのかと言えば、今日は市場長さんに、風評被害で苦しむ、故郷福島の野菜の販売促進を打診するためでした。  他の東北の野菜が流通する中、なかなか、福島産は厳しい状況におかれています。
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 市場長のほうも、なんらかの形で福島の役に立ちたいというお気持ちが強く、いつもは行政マンと対峙することが多いのですが(笑)、今日はがっちりシェイクハンドしました。  それゆえ、川崎という首都圏と福島という農畜山地の両方の懸け橋となるべく、これからも頑張っていきたいと思います。
 議員になってから早2か月が過ぎ、初めて、一般質問に立ちました。  選挙の公約で謳っていたことを中心に、4点質問しました。  第一は救急医療再構築、第二が保育ママの増員策、この二つは、選挙公約です。  救急医療は崩壊寸前の川崎市において、やはり、立て直し策が必要であり、自分の腹案も述べながら、前向きな答弁を得ました。  また、保育ママも、川崎は極度に不足している一方、待機児童は、とりわけ、宮前においては増え続けています。これまた、自分のずっと温めていた腹案を持って、質問しました。こちらは、質の担保というところで、私の提案である、「巡回による質の担保」において、「市が実行する」という、確約を得ました。  また、第三の質問は、市内には硬式野球場が不足していますから、元球児として、その増加を図りながら、ひいては、野球を通じた子供の健全育成について問い、最後は、企業のBCP(事業継続計画)を問いただしました。  とりわけ、BCPは川崎では全くと言っていいほど、手付かずであるため、こちらはかなり厳しめに質問いたしました。  とはいえ、行政をいじめるのが政治家の仕事ではなく、やはり、市民の意向を胸に、行政とあるべき川崎を作り上げるのが仕事ですから、その意味で、今回の質問をきっかけに、行政と泥まみれになって、市民のために頑張って行きたいと思います。  なお、この質問の様子は、明日か明後日頃には下記で見れます。  http://www.kawasaki-council.jp/  その中の「広報」欄の「インターネット議会中継」をクリックしてもらえれば、ご覧頂けますから、ぜひ、ご感想やご意見、ご助言などを頂ければ幸いです。  また、詳しくは後日、私の機関紙にて、ご報告いたします。
 最近、議会活動が忙しく、久しぶりの更新です。  また、今日は久しぶりの地元活動日となりました。  まず、朝一で夫人バレーボール大会に出席しました。  皆さん、日ごろの練習の成果をいかんなく発揮され、はつらつとしたその姿に心惹かれるものがありました。
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 その後は、地元の方のお誘いで、消防団の訓練を見学させて頂きました。  皆さんの見事なまでの連係プレーに、自主防災組織の力強さを感じました。やはり、初期消火は、消防車よりも、ご近所に住んでいる方のほうが早く現場に到着できますから、消防団の方々の重要性を改めて認識しました。  特に、目を引いたのが、やはり、ウーマンたちの活躍でした。
110703b.jpg 110703c.jpg
 こうした、地域を元気にしている人たちや、地域を守っていこうとしている人たちが、活躍できるよう、行政として、後押しをしっかりとできる体制づくりに注力せねばと、思いを新たにできました。

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