そえだ勝ブログ

2011年5月アーカイブ

 昨日今日と2日間、防災対策の先進地域、名古屋市と浜松市の防災担当者の方に、ヒアリングしてきました。  よく政治家の視察というと、物見遊山的に思われがちですが、喧々諤々、民主市議団ではやってきました。  正直言って、私も発の視察に行くまで、半信半疑ではありましたが、民主市議団の視察は、松下政経塾時代のそれに負けないくらい、真剣なものでした。
110531a.jpg 写真1 浜松市でヒアリングを受けているところ
 防災センターでは両市とも「東海地震や東南海地震、南海地震」という、トリプル連動の地震が予測される地域ゆえ、川崎よりもかなり、危機意識がありました。
110531b.jpg 写真2 名古屋市防災センター
 危機が目の前にあると、人間は変わらざるを得ません。その意味では、両市ともそこに共通点があります。  しかし、本来は危機を目前にする前から、「備えあれば憂いなし」の体制を作る必要があります。  その意味では極めて有用な情報収集ができました。  これを肥やしに、川崎のあるべき防災の姿を深めて参りたいと思います。
川崎市議会議員・そえだ勝 昨日、委員会の所属が決まりました。 私は、自らの希望が通り、今までの経験をいかんなく発揮できる、健康福祉委員会の委員に就任しました。 ヘルパー時代、大学院時代、松下政経塾時代、そして選挙も「介護現場からの挑戦」と銘打って戦いましたから、自分の公約実現に向けて邁進していきたいと思います! 6月から早速、フル回転すべく、本日は市政の福祉課題を再勉強中です。頑張ります!!
皆さんこんにちは。川崎市議会議員のそえだ勝です。 明日の10時から、改選後初の臨時議会が招集され、議長副議長が選出されたます。 そして、来月からはいよいよ、6月議会が本格的にはじまります。 110522.jpg 先日、初登頂があり、議員章を手にし、身の引き締まる思いです。 逆風の民主党候補であったにもかかわらず、5,780名の方から信託され議会に臨むわけですから、その責任は重大であるとつくづく思います。 少しでも皆様のご期待に添えるよう、努めて参ります。
 南相馬から全村避難区域となった飯舘村(毎時3mSv/h超)を経由して、福島市と郡山市を中心に回ってきました。  両地域(1.51mSv/h前後)とも、第一原発から半径40−50k地点に位置し、現在は北西の風が強く、緊急時避難区域20−30kの南相馬市(0.51mSv/h前後)よりも、放射線濃度が高い場所です。  放射性物質は風が弱かったり雨が降ったりすると滞留し風が強いと風に乗り、飛散していきます。それにより、第一原発の北西に位置するそうした自治体の放射線量が高まっているのです。  郡山も福島も県内では中心地であり、多くの子供が住んでいます。  子供たち皆がマスクをし登下校している姿が、私の脳裏に焼きつきました。 (そうした写真は、本人たちのプライバシーに関わりますので、今回は写真撮影をしておりません。)  私の小学校の恩師が郡山市で教鞭をとっておられますが、10年ぶりにお会いしました。  先生曰く、「外で子供たちを遊ばせてやりたいが出せない。部活もさせてあげられない。校庭の土の入れ替えについても、思うように進まず、いかんともしがたい」とおっしゃっていました。  私も郡山に幼い甥っ子たちがおりますので、全く他人事とは思えません。  最後に、石川郡に少しだけ回り、今実家でブログを書いています。  そして、実家でも原発の地であることを思わされたエピソードが一つ。  私が空気の入れ替えで窓を開けようとした瞬間、母が「窓を開けるのは福島ではタブーよ」と、たしなめました。  報道以上に、福島の人々の不安は相当なものがあると、改めて感じさせられました。  これから、川崎に帰りますが、私も宮前の地から、現在行っている支援活動以外にも、何ができるかを真剣に考えていきたいと思います。
本日午前は昨日に続いて瓦礫の撤去作業を行いました。  途中、雨がぱらつく中での作業となりましたが、放射性物質にさらされながら暮らす人達のことを思えば、作業を中断する気にはなれず、なんとか、午前中はやりきりました。  午後からは、現場リーダーの判断により、中止となったので、午後は地域における原発の調査のための時間と致しました。
110514a.jpg 20k圏域におけるバリケード 110514b.jpg 20k圏内の主な被災状況〜赤色が被災の厳しい地域
 もちろん20k以内は入ることができませんので、圏域の瓦礫撤去はまだ、進めることができません。  とはいえ、原発周辺自治体の放射線濃度はそれほど高くはなく、南相馬は1マイクロシーベルト(以下「mSv/h」と標記)未満。  しかし、その周辺自治体である40−50k圏の郡山市や福島市、そして私の故郷である石川郡等は、風の影響により1mSv/hを連日、超えている状況です。  南相馬での明日の作業後、故郷等を中心に、周辺自治体の状況を見ていきたいと思います。
 南相馬は原発から20−30k圏内の場所であり、避難勧告と自宅退避勧告とが混在していた場所です。  がれきの街を見渡せば、主要道でのがれき撤去は、一定程度進んでいる状態です。
110513a.jpg 南相馬の主要道
 ただ、重機が入って行けない場所は、人力で瓦礫撤去をするしかない状況です。
110513b.jpg 瓦礫運び作業
 本日の瓦礫運びは、10人でチームを組んで行いました。  関東や中部、遠くは北九州からの人もいました。  みんなで瓦礫を運ぶこと、約2時間、大量の瓦礫が出ました。
110513c.jpg 作業後、一軒の家から一部ではありますがこれだけの瓦礫が出ました。
 家の中のものは塩水にかぶり、家財道具をはじめ、全てが瓦礫と化していました。  明日も引き続き、瓦礫撤去作業を頑張ります!
 絵本や児童図書、コミック等、約1200冊を避難所や学校に直接、届けました。  宮前区鷺沼にて行っていたこの活動も、多くの方々のご協力に、改めて感謝したいと思います。
110512a.jpg 多賀城市の避難所の子供たちへ絵本と靴を渡した後 110512b.jpg 仙台の六郷中学校に図書を渡した後
 被災地の子供たちは、食料や水といった物資は既に豊富にあり、求められるべき支援は、第2段階の「心のケア」に入ってきました。  この段階で被災地ニーズと外部支援とのマッチングがうまくいかないと、結局善意の食糧なども廃棄処分をするという状況になってしまいます。  私は選挙中から、「次の段階の支援に役立つもの」という所に的を絞り、「絵本」や衣服という言葉により忘れられてしまう「靴」を集めてきました。  これからもこの活動は引き続き、続けていきたいと思いますので、来週からまた、被災県出身者として、頑張ってまいります。  明日は、南相馬市入りします。
110511a.jpg
 仙台で「えほん」と「靴」をNPOさんと一緒に数カ所の避難所を回って直接配布活動をしました。   また、明日のブログで詳細をお知らせします。  とり急ぎですみません!

11/05/10 仙台南相馬へ

川崎市議会議員・そえだ勝  明日未明、皆様からお預かりした約1300冊の絵本と子供靴を被災者へお渡しするため、震災直後以来のボランティアとなりますが、仙台南相馬へ行ってきます。  その状況は追ってお知らせいたします。

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